ブラックマーケット調査

美術とマフィア、犯罪学など

ミュージアムの花形は盗掘品? /ドリフォロス像の出所をめぐる事件


ドリフォロス像(紀元前27年~紀元後68年) 画像引用:ミネアポリス美術館

2022年、ある彫刻の所有権をめぐってイタリアが動き出しています。

アメリカの美術館に収蔵されている古代ローマの彫刻は盗掘品である」

イタリアの裁判所はそう結論づけました。

美術館に彫刻を売却したのは、博士でもある優秀な古美術商です。

 

ドリフォロス像の返還要請

古代遺物がどこで発見されたのか?

まず、それは考古学的に欠かせない情報である。

そしてコレクターにとっては身の潔白を示すための許可証でもある。

───「違法な手段で手に入れたのではない」と証明するために。

 

ミネソタ州ミネアポリス美術館に、問題の彫刻が展示されている。

「ドリフォロス像」と呼ばれる男性の彫刻は、紀元前27年~紀元後68年の間に作られたと言われる大理石像である。

 

ドリフォロス像はミネアポリス美術館の目玉の1つだった。

学芸員主任は「(当館の)古代美術コレクションを10倍はグレードアップさせるだろう」とまで述べている。

 

今、この像の出自が問われている。違法に盗掘されたという指摘がされているのだ。

盗掘品ということが確定すれば、美術館は彫刻をその出処、この場合はイタリアに返還しなければいけない。

盗掘品であると主張しているのは、もちろんイタリアである。

 

2022年1月にイタリアの裁判所は、ドリフォロス像はイタリアで盗掘されたものであるため、ミネアポリス美術館に返還を求める、との判決を下した。

美術館側は、この判決を知ってはいるが、まだイタリア当局から正式に通知を受けていないとしている。正式に返還を要求され次第、検討するとのことだ。

 

裁判では、ある人物の決定的な嘘が暴かれた。

 

疑惑の人物は、スイスの古美術ディーラー、エリー・ボロウスキー(Elie Borowski)。

ドリフォロス像をミネアポリス美術館に売却した張本人だ。

ボロウスキーはジュネーヴ大学で中東の印章に関する論文を書き、博士号を取得。1992年にはエルサレム・バイブル・ランド・ミュージアムを設立し、学者としてもコレクターとしても立派な功績を持つ。

 

彼の人生は輝かしい経歴で飾られた。

しかし徹底したイタリアの調査は、栄光の裏にある致命的な瑕疵を指摘している。

 

彫刻の出所を偽装?

ボロウスキーの主張では、ドリフォロス像は1930年代にイタリア沖の海中で発見され、個人の手に渡り、その後ボロウスキーが入手したことになっている。

この主張に従えば、ボロウスキーに非はない。

イタリアでは1939年に文化財保護法が整備されたが、それ以前に発掘されたドリフォロス像はクレームの対象外という事になる。

当然、最終的に買い取ったミネアポリス美術館も所有の正当性を主張可能だ。

 

しかしイタリア検察が集めた証拠によれば、この彫刻は1970年代、ナポリのカステッランマーレ・ディ・スタービアで行われた建設工事の際に発掘されたものだという。

文化財保護法により守られている彫刻の無断発掘、つまり盗掘である。

 

彫刻の発掘時には写真が撮影されており、欠損箇所がミネアポリス美術館のドリフォロス像と一致すると指摘している。

裁判所はこの証拠を支持し、ボロウスキーが彫刻の出所を偽って美術館に売ったと結論付けた。

美術館は、イタリアに彫刻を返還しなければならない。

 

 

闇ディーラーとの関わりの疑い

ドリフォロス像についての疑惑と別に、ボロウスキーの古美術ディーラーとしての評判を落とす証拠も発見された。

世界各国の美術館に盗品をばらまいた闇ディーラーたちとの関わりだ。

盗掘、密輸、偽装を積極的に行った闇ディーラーと関係があるという事は、おのずとボロウスキーが所持していたアイテムの多くに疑いの目が向けられる。

 

ボロウスキーは闇ディーラー組織のトップ、ロバート・ヘクトと、その傘下の1人であるジャンフランコベッキーナの顧客であった。

さらに致命的だったのは、警察が押収したロバート・ヘクトの組織図の中に、ボロウスキーの名前が記載されていることである。

ヘクトの組織が一枚噛んだ品々は、世界中の美術館や博物館から相次いで返還されている。この動きは密売組織の存在が判明した1995年以降に盛んとなった。

 

ボロウスキーが関わった品も例外ではない。

例えば、紀元後200年代のミューズ像。アメリカのポール・ゲティ美術館に収蔵されていたが、2012年にトルコ政府から返還要請を受ている。

同じくアメリカのキンベル美術館では、紀元前5世紀のギリシャカップが「出所が不明なリスト」に登録された。

そして2022年、イタリアの裁判所がミネアポリス美術館にドリフォロス像の返還を求める判決を下した次第である。

 

エリー・ボロウスキーが古美術商の人生において、汚れた金を作ったことは確かなものとされた。

 

本来、公平性の観点からボロウスキー側の発言も取り上げたい所ではある。

しかしボロウスキー本人は2003年に他界しており、論争に参加できない。

彼の正当性を主張する関係者も登場しない。

後ろ暗い過去が次々と洗い出される、一方的な戦いの様相を呈している。

 

美術館の設立者でもあるボロウスキーのブランドイメージを守ろうとする動きが、全くないか、あるいは極めて少ないのは不思議である。

 

闇ディーラー組織に関わった者に、救いの手が差し伸べられることはないのだろうか。

 

ドリフォロス像の所蔵に正当性がないことを暴かれたミネアポリス美術館は、それでもイタリア政府からの正式な返還要請を待つスタンスを貫いている。

 

まるで大スターのスキャンダル発覚時のような、奇妙な沈黙。

追及に燃える者と口を閉ざす者の温度差。

これは美術界隈に特有な現象の1つなのかもしれない。

 

 

あとがき

 

世界規模で見れば、美術品の返還はかなり頻繁に起きていることです。

データを取っていないので、あくまで感覚的な話ですが、月に2、3回はどこかの美術館/博物館がなにかを返還している印象があります。

よくあるパターンは、植民地として支配していた地域から持ち出したアイテムを「いま思えば悪い事をしたよ!返すね!」と返還するものです。

次いで見かけるのが、ロバート・ヘクトをトップにした古美術密売組織が関わったとして、出所に不透明な部分があるために返還するケースです。

本記事も、その1つにあたるでしょう。

 

収蔵品を元の国や所有者に返すというのは、所有権を主張する国や人物が現れて、はじめて表ざたになります。

イタリアによる返還要求は特に目立ちます。カラビニエリ美術ユニットの不断の努力は、執念すらも感じるほどです。

 

 

参考文献

本文に広く活用したもの
https://www.repubblica.it/cultura/2022/08/06/news/litalia_aspetta_il_doriforo-360645360/
https://www.theartnewspaper.com/2022/03/30/italian-court-restitution-ancient-roman-marble-doryphoros-minneapolis-institute-of-art
https://news.artnet.com/art-world/minneapolis-institute-of-art-doryphoros-restitution-2076982
https://www.nytimes.com/2022/05/20/arts/italy-statue-stolen.html

ボロウスキーに詳しいもの
https://www.baslibrary.org/biblical-archaeology-review/18/2/2
https://de.wikipedia.org/wiki/Elie_Borowski
https://chasingaphrodite.com/2012/02/17/kimbell-art-museum-responds-to-questions-about-ancient-cup-acquired-under-timothy-potts/

ロバート・ヘクト等密売組織に詳しいもの
https://chasingaphrodite.com/2012/04/20/the-getty-list-10-objects-at-the-j-paul-getty-museum-that-turkey-says-were-looted/
https://www.exibart.com/beni-culturali/il-doriforo-di-stabiae-negli-usa-franceschini-simpegna-a-riportarlo-in-italia/

 

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