ブラックマーケット調査

美術とマフィア、犯罪学など

疑惑の絵文書 /マヤ文明の「グロリア・コデックス」偽物疑惑


グロリア・コデックスの4ページ目(一部)

 

グロリア・コデックスの概要

グロリア・コデックスまたはグロリア絵文書(Grolier Codex)は、1021年~1154年の間に書かれたマヤの書物と考えられている。

現存する4つのマヤ絵文書のうちの1つであり、他にはドレスデン・コデックス、パリ・コデックス、マドリード・コデックスがある。

コデックスは保管されている場所の地名が付けられることが多い。グロリア・コデックスの場合は最初に展示されたのがニューヨークのグロリア・クラブであることから呼び名が定まった。

 

グロリア・コデックスには金星の運行と天体に対応した神々、処刑の儀式について書かれているとされる。マヤ文明では金星は凶兆の星と考えられ、特に明けの明星は極めて不吉なものと捉えられていた。


グロリア・コデックスの4ページ目。死神と処刑の様子が描かれている。

 

現在ではメキシコシティの国立人類学博物館に収蔵されており、一般公開はされていない。

 

入手ストーリー

入手に至る経緯は極めて不明瞭だ。

初めて絵文書を展示したグロリア・クラブの主催者、マイケル・コウ博士だけが入手の経緯を語っている。

しかも現地に赴いて入手したのはジョスエ・サエンスという別の人物であり、コウ博士が直接入手した訳ではない。

 

現地に赴き絵文書を入手したサエンスは、経緯を次のように語ったという。

 

1966年、マヤ文明の遺物をコレクションしていたジョスエ・サエンスにある人物から連絡が入った。

謎の人物はサエンスに対し何も聞かないことを条件に、発見された遺物を見せると言う。

サエンスは小型飛行機に乗り、メキシコのタバスコ州に向かった。機内のコンパスは布で覆われ、詳細な位置が分からないようになっていたらしい。

 

現地人はチアパス州の洞窟で発見したという絵文書と、同じ場所にあったモザイク飾りのマスク、処刑用のナイフ等を見せ、購入の取引が始まった。

慎重になったサエンスは、購入前に遺物をメキシコシティに持っていき、鑑定をしたいと申し出た。

鑑定をした専門家は偽物だと言ったが、サエンスは購入することに決めたという。(現地人が鑑定を許さず、今ここで決めるよう迫ったという話もある。コウ博士もすべてを知っている訳ではなく、多少の混乱があるらしい。)

 

サエンスが提示した金額は2000ドルだった。しかし現地人はこれに応じず、パーク・バーネット(1964年にサザビーズによって買収)のオークションカタログを見せ、マヤの遺物の相場を知っていると強気に出た。

サエンスは遺物を入手するため、より高い金を支払うことになった。

 

偽物疑惑

グロリア・コデックスは考古学者らによって偽物であることを強く疑われた絵文書でもある。

その原因の1つは、他の3つの絵文書とは異なる絵のスタイルだった。

従来知られていたマヤの描写とは違い、人物の描き方はシンプルで荒々しい下書きが残っている。精密さに欠ける絵は、発見された中でも「最も醜い」絵文書だと批判された。

 

批判に対しコウ博士は科学的分析を行い反論。1972年に炭素年代測定を実施した結果、明らかに現代の素材ではないことが分かっている。

それでも疑惑は絶えなかった。否定派の中には、マヤ文明時代の白紙は数多く見つかっており、後から絵を描くことも可能だという意見もあった。

 

グロリア・コデックスが本物だと広く認められたのは2018年のこと。国立人類学博物館の研究所による科学的分析によって、1021年~1154年に描かれたものであることが確定し、マヤ文明の絵文書であることが明らかとなった。

これをもってグロリア・コデックスはルールに基づき、メキシコ・マヤ・コデックスと呼ばれることになる。

 

批判の根本的な原因は、盗掘者によって発見されたからである。

考古学者による正式な発掘で見つかったのであれば、大した騒ぎにはならなかっただろう。

マヤ文明の遺跡は大規模な盗掘被害に遭っている。メキシコ~グアテマラの交通網の発達によって遺跡への車によるアクセスが容易となり、遺物の運搬がしやすくなったことで被害が拡大したとの意見もある。

グロリア・コデックスの発見は、厳密に考えればまだ交通網が整備されていない時代の出来事であった。しかし同時期に、ジャングルの中に小さな滑走路を造り、小型飛行機でのアクセスを主軸に盗掘が進められた事例が確認されている。

コレクションとしてのマヤ遺産に対する需要の高まりに、供給側が答えるのは市場の原則でもある。

 

政治的な要因も指摘されている。

取得者であるジョスエ・サエンスは、1968年メキシコシティ・オリンピックを推し進めた人物の1人だった。

オリンピック開催に至るまでには、少なからず国内での反発があった。オリンピックに費やす莫大な資金を福祉事業へ使うべきとの声が多く上がり、デモによって数百人が死亡する事件も起きている。

サエンスは否定的に見られるようになり、彼の所有していたコレクションも偽物だと扱われるようになった、とコウ博士は述べている。

 

度重なる批判の結果、グロリア・コデックスがおそらく最も信憑性のある絵文書になったのは面白い結末だ。

ドレスデン、パリ、マドリードの絵文書も、何者が最初に発見したのかはわかっていない。

パリ・コデックスは1859年にパリの帝国図書館の片隅で見つかる以前の足取りは不明。ドレスデン・コデックス、マドリード・コデックスはスペインによる植民地時代に持ち帰られたと考えられている。

3つの絵文書は、19世紀には権威のある図書館や博物館に所蔵されていたという点で激しい追及を逃れているように思える。

 

 

参考文献

グロリア・コデックスの概要
https://historicalmx.org/items/show/67
https://en.wikipedia.org/wiki/Maya_Codex_of_Mexico

グロリア・コデックス発見に詳しいもの
https://traffickingculture.org/encyclopedia/case-studies/grolier-codex/
https://traffickingculture.org/encyclopedia/case-studies/mosaic-maya-mask/

グロリア・コデックスの真贋に詳しいもの
https://news.yale.edu/2017/01/18/authenticating-oldest-book-americas
https://yucatanmagazine.com/the-grolier-codex-yes-it-is-mayan-and-it-is-the-oldest-in-the-americas/
https://www.cbc.ca/news/science/mexico-maya-modex-1.4806032

ドレスデン、パリ、マドリードのコデックスに詳しいもの
http://mayacodices.org/discovery.asp
https://en.wikipedia.org/wiki/Dresden_Codex
https://en.wikipedia.org/wiki/Paris_Codex
https://en.wikipedia.org/wiki/Madrid_Codex_(Maya)

マヤの遺跡の略奪に詳しいもの
https://www.nationalgeographic.com/culture/article/140808-maya-guatemala-looter-antiquities-archaeology-science
https://www.anonymousswisscollector.com/2020/04/road-building-and-looting-of-maya-sites-in-southern-campeche-mexico-post-1990.html

 

本文中の画像はこちらのサイトで一般公開されているものです。
http://www.famsi.org/mayawriting/codices/grolier.html

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