ブラックマーケット調査

美術とマフィア、犯罪学など

闇を巡るエジプトの棺 /盗まれたネジェマンクの棺、メトロポリタン美術館から返還


ネジェマンクの棺。 画像引用:The Metropolitan Museum

2019年2月、アメリカのメトロポリタン美術館に展示されていた金の棺が、盗品であるとしてエジプトに返還されました。

この事件は2022年になって新たな共犯者が浮上し、大きな動きを見せつつあります。

今後の捜査次第で、古美術密売組織の情報がさらに引き出されるかもしれません。

 

ネジェマンクの棺

2017年7月、ある古美術商がメトロポリタン美術館に金の棺を持ち込んだ。

古美術商はエジプト政府から発行された輸出許可証もあわせて提示し、正当に取得したものだとアピール。

美術館は棺を400万ドルで購入することに決めた。

 

「この棺は特別なものです。きっと、エジプトの魅力的な時代を鑑賞できることでしょう」

美術館の社長、ダニエル・ウェイスは喜びと興奮を顕わにした。

 

この「ネジェマンクの棺」は極めて珍しい作りをしている。

 

表面は上質の金で覆われ、内部には薄い銀箔が張られている。銀箔は司祭ネジェマンクの遺体を保護する役割もある。

さらに金と銀は、太陽と月、神々の肉と骨、そして司祭であるネジェマンクが仕えていた神、ヘリシェフの目を示しているという。

棺の前面に書かれた碑文は、表面に施された金細工と神々の肉、太陽、死者の再生を結びつけるものである。

古代エジプトでは、金は死者の再生を助けるものとされていた。

 

ネジェマンクの棺はメトロポリタン美術館の自慢の展示品となり、早々にネジェマンク展も開催。

同館が所有するエジプトのアイテムとネジェマンクの棺が、来館者にエジプトの歴史を語ることとなった。

 

暴かれた偽装と密売組織

偽の許可証

ネジェマンクの棺のアメリカ到着を、メトロポリタン美術館や来場者は喜んで受け入れた。

 

しかし一部の人間はひそかに不審感を抱いていた。アメリカが誇る警察機関、FBIである。

 

FBIの行動は早かった。翌年2018年2月には、棺が密輸品であると突き止めるに至った。

報告を受けたメトロポリタン美術館も詐欺にあったことを公表し、のこり数か月あった「ネジェマンク展」を中止。

 

決め手は古美術商が持参した、棺の輸出許可証だった。

 

許可証によればネジェマンクの棺は、1971年にエジプト政府から輸出の許可を得たことになっている。

しかし許可証は完全なる偽物だった。

エジプトの考古学省、外務省が調査した結果、このような許可証を発行した記録がないことが判明したのだ。

 

2019年9月、美術館はエジプトへ棺を返還。謝罪すると同時に、支払った金額を回収するために「あらゆる手段」を検討していると述べた。


ネジェマンクの棺とアメリカ、エジプトの官僚たち。画像引用:CNN Style Credit: Michael R. Sisak/AP

 

密売組織の逮捕

2020年6月、フランス当局はパリで古美術商を営む、クリストフ・Kと仲間かつ配偶者のリシャール・Sを逮捕した。

クリストフはメトロポリタン美術館に棺を売った張本人である。

フランスの捜査は2018年に開始しており、これはFBIの初期捜査とほぼ同時期である。おそらく、クリストフの情報はかなり早期にフランスに届いていたのだろう。

 

さらに棺の真の出所も判明する。

ネジェマンクの棺は2011年の反政府運動アラブの春」の混乱に乗じて、墓荒らしによって盗まれていた。

その後はアラブ首長国連邦→ドイツ→フランス→アメリカの闇の世界を渡り歩いていたという。

 

捜査陣の追及により、クリストフに棺を渡した人物も判明した。

 

男の名はロベン・D。レバノン系ドイツ人。密売組織の中心人物とされる人物である。

 

ロベンは、クリストフを通じてメトロポリタン美術館に棺を売っただけではなく、アラブに開かれたルーヴル美術館の姉妹館、ルーヴル・アブダビにも略奪品を売った疑いがある。

彼はまさに違法売買のプロであった。

 

ロベンは2022年3月にドイツで逮捕され、フランスに移送された。

そしてロベンの協力者として、シモニアンという姓の兄弟にも逮捕状が出ている。

 

次々に新たな人物の名が挙がる。

密売組織の全容が判明するのは、まだ先のことになるだろう。

 

新たな供述

事件の詳細については不明な点が多い。

棺を売ったクリストフと、それを指示したであろうロベンの接点も語られないままだ。

 

2022年10月現在、密輸組織のメンバーと疑われる者たちは全員、罪を認めていない。すべて合法な活動だったと主張している。

(本記事で関係者の名前を部分的にイニシャルにしているのもそのためである)

 

全員が自供していない以上、謎が増えるのは仕方のないことではある。

 

ここで重大な疑問が生じる。

なぜネジェマンクの棺は盗難品だということが分かったのか?

この情報は被疑者の誰もが語っていないはずである。

 

あるレバノン出身のディーラーが、興味深い情報をThe Art Newspaperの取材で語っている。

彼はジョルジュ・Lという古美術商。別の遺物の密輸容疑で、アメリカで指名手配されている人物だ。

 

ジョルジュはメトロポリタン美術館の騒動の少し前に、ドバイでネジェマンクの棺を見たという。

 

ある密輸業者によって、ネジェマンクの棺は他の2つの棺と一緒に5万ドルで売られていた。

ジョルジュは出所が怪しいと思い、手を出さなかったと主張する。

その時はまだ、棺の中にネジェマンクのミイラが眠っていたらしい。

 

メトロポリタン美術館で「ネジェマンク展」が開かれると、密輸業者からジョルジュに連絡があり、金銭的報酬を望んできたという。(なぜジョルジュに?)

ジョルジュは遺跡の破壊や略奪を、良く思っていなかった。

彼は要求には応じず、この業者の情報をニューヨーク地方検察庁の美術品部門のリーダー、マシュー・ボグダノスに伝えることにした。

 

そしてボグダノスは業者とコンタクトを取り、棺の写真と「すべての情報」を得たという。

この話が本当なら、アメリカ当局のスピーディーな情報収集にも合点がいく。

 

なお密輸業者はヨルダン国籍のムハンマド・J。この人物はすでにアンマンの病院で病死したとジョルジュは語った。

 

ただしこの情報は、おそらく裏付けられていない。

ボグダノスは美術犯罪の最前線で戦っており、秘匿しなければならない情報も多く抱えているはずである。わざわざ捜査の詳細を報告することもあり得ないだろう。

 

今も密売組織への捜査は続いている。

メトロポリタン美術館、ルーヴル・アブダビ、さらにドイツの美術館を舞台に、次々に疑惑の人物が浮上しているのが現状だ。

どうやら古代遺物の密売が生む甘い蜜は、あらゆる人間を誘ってしまうらしい。

 

 

あとがき

 

ネジェマンクのミイラはどこに行ったんでしょうか。

気になったので、ミイラが密輸された事件について少し調べてみました。

 

2016年:アメリカからエジプトへ、密輸されたミイラが返還された。

2018年:ニューヨークからエジプトへ、90年前に密輸されたミイラが返還された。マンハッタンのオークションで競売にかけられていたのを当局が発見したとのこと。

2019年:カイロの空港でミイラの密輸が発覚。ヨーロッパに輸送するところだった。

 

2019年のミイラが、実はネジェマンクだったりするのでは……と思ったりしていますが、単なる空想ですね。

そもそも紀元前のミイラから個人の識別が可能なのか、ミイラにどのような需要があるのかも私は知りません。

ということで、いずれきちんと調べて記事にしてみたいと思います。

いつになるかはわかりませんが。

 

本記事の密輸組織のメンバーについても、検察の主張が事実なのかどうかチェックしていく必要がありそうです。

まだ立証されていないor有罪判決が下っていないものだらけですから。

いくつか課題が残ってしまいましたね。

 

 

参考文献

本記事に広く活用したもの
https://www.arabnews.jp/article/middle-east/article_64224/
https://edition.cnn.com/style/article/egypt-gold-coffin-of-nedjemankh-trnd/index.html
https://egyptindependent.com/early-investigations-reveal-nedjemankh-coffin-stolen-during-january-25-aftermath-ministry/
https://www.reuters.com/article/us-usa-egypt-coffin-idUSKBN1WA35K
https://arbiterz.com/2358/

ネジェマンクの棺に詳しいもの
https://www.metmuseum.org/exhibitions/listings/2018/nedjemankh-gilded-coffin
http://www.artfixdaily.com/artwire/release/4053-the-met-acquires-ancient-egyptian-gilded-coffin

密売組織に詳しいもの
https://www.theartnewspaper.com/2020/06/27/paris-dealer-who-sold-golden-sarcophagus-to-new-yorks-metropolitan-museum-charged-with-fraud-and-money-laundering
https://www.theartnewspaper.com/2022/03/25/dealer-suspected-of-selling-looted-antiquities-to-the-metropolitan-museum-of-art-and-louvre-abu-dhabi-detained-in-paris
https://www.theartnewspaper.com/2022/09/09/georges-lotfi-arrest-warrant-antiquities-smuggling-interview
https://www.artforum.com/news/dealer-detained-in-paris-on-suspicion-of-selling-looted-artifacts-to-met-louvre-abu-dhabi-88286
https://www.artnews.com/art-news/news/egyptian-antiques-seized-met-investigation-smuggling-ring-1234630550/

 

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