ブラックマーケット調査

美術とマフィア、犯罪学など

ターナーの『リーヴォール修道院』と、賭けに負けたタウンエンドの人生


画像引用:York City Art Gallery公式

1999年に起きたヨークシティ美術館の強盗事件の犯人、クレイグ・タウンエンド。

武装、脅迫、監禁……手段を選ばず欲しいものを手にした強盗犯タウンエンドに対して、裁判官が言い放った言葉は非常に印象的なものでした。

 

1999年1月22日──ヨークシティ美術館襲撃

ヨークシティ美術館は、イギリス遺産登録プロセスによりグレードⅡに分類された由緒ある建物である。

これは歴史的、建築学的に重要な「国家的重要性」を持つことを示しており、認定された建物は優先的な保護が約束される。

カジュアルな分野も扱う制度であり、有名どころではビートルズのジャケットで有名になったアビーロードも同じグレードに認められた。

ある種、イギリス人の文化の象徴とも言えるだろう。

しかし強盗犯には文化も歴史も関係ない。金銭的な価値と利用価値のみが追求される。

 

1999年1月、ヨークシティ美術館は閉館時刻を迎えていた。そこへ突如スキーマスクをかぶった2人組が乱入し、拳銃とショットガンをスタッフに突き付けた。

2人の男は互いを「トニー」「バート」と呼び、次々に絵を奪い、額から外し、スポーツバッグに詰めていく。目的は明らかだ。彼らは比較的小さめの絵をたくさん持ち去るつもりなのだ。

血気あふれる犯人たちは、目撃者からどう見えていたのか。強盗のプロに見えただろうか。それとも慌てているようにも見えただろうか。それはわからない。

ただ1つはっきりしているのは、スタッフたちの感じた違和感である。身長に比べてコートが長すぎたのだ。

170cmと見積もられた小太りの白人2人は、丈の合わないコートを着ていた。よほど目立っていたのか、犯人たちがスキーマスクをかぶる前に図書館をうろついていたことも証言されている。

 

鮮やかな強盗とは言い難い犯人たちが持ち去った絵は20点。総額100万ポンドと見積もられた。

絵の中には、初期のターナーの水彩画『リーヴォール修道院、ヨークシャー』があった。イングランドウェールズの絵画的景観として知られるシリーズのうちの1つである。


ウィリアム・ターナー『リーヴォール修道院、ヨークシャー』(1825年)

 

「ミスフィット」な犯人は、比較的早期に逮捕された。

 

事件から4か月後、犯人はサウス・ヨークシャーロザラムのあるホテルにいた。目的はもちろん、盗んだ絵の取引だ。犯人が会議室の予約をすると、待ち構えていた武装警察によって取り押さえられた。

捕まった犯人はクレイグ・タウンエンド(Craig Townend)。ロザラムに住む29歳の男だ。

彼が盗んだ絵のうち18点は、彼の継父の車のトランクから発見された。なお、この継父は盗品のことを知らなかったとして罪に問われていない。

残る2点はタウンエンドのベッドルームから見つかった。

 

ターナーの絵は額縁から叩き出され、段ボール製の台紙も失っていたにも関わらず、奇跡的に角の紙が擦り切れだけで済んでいたという。そのため12月中には再び展示されることになった。これにはターナーの持ち主である個人コレクターの意向もあったようだ。

 

全ての絵がヨークシティ美術館に並ぶのは2000年末になる予定と考えられたが、きっと関係者は胸を撫でおろしたことだろう。

20点もの絵が半年以内に戻ってくるというのは、美術犯罪では非常に幸運なことだ。

 

「You played for high stakes」

タウンエンドの判決は2000年のうちに決定した。

強盗の罪で14年、銃器所持の罪で1年。計15年がこの素人の犯罪者に言い渡された刑期だった。

 

なお共犯者として疑われていた人物、フィリップ・ピカードは強盗事件への関与が否定され、盗品の扱いの罪のみが有罪となった。

彼は強盗の直後と翌日にタウンエンドと連絡を取っていたと検察に追及されていたが、あくまでタウンエンドと会ったことはないと主張し続けた。しかし絵を収納していた入れ物の縁に彼の指紋が残っていた。

とはいえピカードの刑期は2年に短縮され、さらに4か月後の釈放が決定した。ピカードの拘留後、彼の娘の世話が困難になったというのが理由の1つであるらしい。

 

タウンエンドの判決についての情報は少ない。争点の少なさを示しているのかもしれないが、裁判の経緯は明らかでない点が多い。

タウンエンドは15年の刑期について控訴する予定だったが、ピカードが2年の刑期を言い渡されたタイミングで刑を受け入れることにした。弁護士による法的なアドバイスがあったと言われている。

 

ヨーク刑事法院のトム・クラックネル判事は強い言葉でタウンエンドを非難した。

「君はファンタジーを現実に落とし込んだ、とても危険な男だ。屈辱と恐怖に震える弱弱しい人を襲った冷酷な強盗で、それはとても恐ろしいことだ。」

「君は危険な賭けをして──そして負けたんだ。」

 

クラックネル判事の叱責はタウンエンドの心に届いたのだろうか。

 

結論から言えば、判事の言葉は犯罪者の本質を変える事は出来なかった。2008年に仮釈放された直後、タウンエンドは早々に別の犯罪に手を染めてしまう。

次のターゲットは希少な切手である。

 

2008年7月──切手ディーラー襲撃

同じ手口だった。仮釈放されて間もない、2008年7月の出来事である。

最初は警官に扮していたタウンエンドと共犯者は突如マスクをかぶり、拳銃で店員を脅した。後頭部に銃を押し付け、ひざまずかせ、拘束する。このやり方は彼のお気に入りらしい。

今回はスキーマスクではなく、オサマ・ビンラディンサダム・フセインの覆面で妙な茶目っ気を見せることにしたようだ。強盗犯にとっての反省とは、案外このようなことかもしれない。

 

40万ポンド相当の切手コレクションは、こうしてタウンエンドの手に渡った。

ところがタウンエンドは再び賭けに負けた。翌2009年に彼は切手強盗の罪も重なり、ついに終身刑となる。

 

プロフェッショナルとアマチュア犯罪者

タウンエンドは盗んだ切手を片手に、取引相手の店舗を訪れた。

大きな取引になると期待したのだろう。「グレンケアンの大地主」であると身分を偽り、身なりは華々しく、会話の中ではしきりに老舗切手商人のスタンレー・ギボンズの名を持ち出した。

しかしこれらの虚飾は全て専門家のブライアン・カートライトに見破られてしまった。

 

タウンエンドがスタンレー・ギボンズの名前を持ち出すと、カートライトは「昔、彼の店で働いていたよ。彼のことはよく知っているんだ。」と言った。するとタウンエンドはすぐに話題を変えてしまった。

タウンエンドが持参した切手は間違いなく最高級品である。にもかかわらず、タウンエンドは量り売りするような切手についてばかり話していた。

 

カートライトは不信感を募らせた。

カートライトいわく、「もしこんな(最高級の)品を持ってきたなら、他の安物の話はしないはずさ。ロールスロイスのディーラーが中古のミニを売らないのと同じだよ。」

 

そもそも切手コレクターは普段はカジュアルな格好をしているものだという。タウンエンドはここでも「ミスマッチ」な男だった。

 

結局、カートライトは結論を先延ばしにし、店の監視カメラの映像とタウンエンドが残していったビラを警察に提出した。一応、再び会う約束を交わしていたが、タウンエンドは現れなかった。

この間、タウンエンドは別のディーラーにも取引を持ち掛けたらしい。しかしそちらもうまくいかなかったとみられる。

結局、彼はネットオークションサイト「eBay」に切手を出品したことで逮捕された。盗まれた切手のリストを発信する切手商協会の情報網に引っ掛かったのだ。

 

希少品を盗むのは簡単でも、売るのは難しい。塀の中の犯人たちは口を揃える。

特に表の世界で売るのは、才能に恵まれなかった犯罪者にとっては自殺行為だ。

 

 

あとがき

 

ターナーの『リーヴォール修道院』強盗事件は情報がかなり少ないです。事件の起こり~犯人の判決まで、必要な情報は出そろっていますが、取り扱うメディアは限られていました。本来なら複数のサイト等で比較・裏付けしたいところですがそれも困難です。

特に裁判でのやり取りは薄いですね。重要な所なんですが……共犯者についてもよくわからないままです。

とはいえ皮肉の効いたトム・クラックネル判事の言葉を知ることができただけでも良しとしたいところではあります。ドラマか漫画のようなインパクトがある言葉、一度は言ってみたいものですが、まぁそんな場面はないでしょう。

 

一方、切手の強盗事件は貴重な情報である「盗品取引中のやりとり」までもが明らかになっています。犯人と会話したのが一般人で、おとり捜査官や闇ディーラーではないからこそ公表できたのだと思います。大体の美術犯罪では取引の詳しい情報は明かされません。

希少な品を表の社会で売ろうとするとこうなる、という教訓にもなるんじゃないでしょうか。

 

相手に違和感を与えることが命取りになるのは、どうやら裏社会と表社会が交差する現場にあるようです。

タウンエンドは切手収集家の作法を知らなかったことで逃げ場を失いました。同様に、おとり捜査官が裏社会の作法を知らなければ、最悪の場合あの世行きとなります。

 

 

参考文献

1999年1月22日──ヨークシティ美術館襲撃

https://en.wikipedia.org/wiki/York_Art_Gallery

https://www.theguardian.com/uk/1999/jan/25/martinwainwright

https://www.yorkpress.co.uk/news/7962821.turner-stolen-in-raid-to-stay-in-york/

https://www.yorkpress.co.uk/news/7960437.stolen-painting-in-gallery-to-return/

「You played for high stakes」

http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/639874.stm

https://www.yorkpress.co.uk/news/7958239.gallery-robber-drops-his-appeal/

2008年7月──切手ディーラー襲撃

https://www.yorkpress.co.uk/news/4633662.life-for-york-art-gallery-thief-craig-william-townend/

https://www.yorkpress.co.uk/news/7958239.gallery-robber-drops-his-appeal/

プロフェッショナルとアマチュア犯罪者

https://www.salisburyjournal.co.uk/news/4634323.stamp-shop-staff-helped-foil-robber/

 

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