ブラックマーケット調査

美術とマフィア、犯罪学など

教会荒らし /イングランドのヨークストーン盗難事件


被害にあったセントメアリー教会。 画像引用:wikimediacommons

イングランドに数ある歴史的建造物。その「敷石」が狙われました。

希少なヨークストーンは、敷石として使われていても窃盗団のターゲットになります。

そして盗まれた石は、正規品と見分けがつきません。

残念ながら帰ってくる望みは薄いでしょう。

 

神聖なもの

2010年以降、イングランドウェスト・ヨークシャーは、ある「歴史遺産」の盗難に悩まされてきた。

狙われたのは、生産量の減少により希少性が高まった石材、ヨークストーンだ。

ヨークストーンはヨークシャー周辺で採掘される石材で、敷石として使われることが多い。

現在はわずかな量の新品と、再利用されるアンティーク品のみが市場を出回る。

盗難に遭った場合、良質な物では数千ポンド(≒数十万円~百万円)の被害額と見積もられることが多い。

 

その金銭的価値もさることながら、歴史的建造物に多く用いられており、古くは200年近く使われ続けている物もある。

学校、教会、そして墓地。ヨークストーンは、イングランドに住む人々の一生を足元から支えてきた。

 

2015年のイギリスの議会で、ヨークストーンの盗難は社会問題として提起された。

当時のウェスト・ヨークシャーでは過去2年間、毎週のように盗難事件が繰り返されていた。一部は闇ルートで売却され、一部は悪徳業者が自らの建築資材として盗んでいく。

ある礼拝堂は、過去3年間に132回も被害に遭ったという。さらに一般の農場や民家からも盗まれる始末である。

もはやこの犯罪から安全な場所などなかった。

 

2020年に入ると、窃盗団はさらに活性化した。

新型コロナウィルスの蔓延に伴うロックダウンが、犯罪者にヨークストーンを安全に盗める環境を与えた。

 

ひときわ目を引いたのが、グレーター・マンチェスターランカシャー、スタッフォードシャー、チェシャーといったイングランド北西部における盗難である。

次々に歴史的な名所が狙われ、美しい歩道は掘り返されて泥まみれの悪路と化した。

 

イギリス指定建造物のグレードⅠに登録されたセントメアリー教会からは、25個のヨークストーンが持ち去られた。

イギリスでは、歴史的に重要な建造物を保護するために認定制度を設けている。指定建造物に認定された建築は、許可なく破壊や変更を加えることはできない。

指定建造物を狙った犯行は「遺産犯罪」として厳しく処罰される。にもかかわらず、犯人たちはセントメアリ―教会を襲った。

 

同じくグレードⅠの聖カスバート教会も狙われた。建物は700年、敷石が盗まれた歩道は200年の歴史を持つ重要かつ神聖な場所である。

正面玄関が利用できなくなったことで、急きょ小さな通用口が使われた。日曜の礼拝はできるが、結婚式のようなイベントは歩道の整備を待つ事態となった。


敷石を剥がされた聖カスバート教会。 画像引用:LancsLive

 

グレードⅡに指定された聖ピーター&ポール教会も窃盗団から逃れられなかった。

一連の事件における犯人たちの目撃情報はない。日中のうちに作業着を着て堂々と敷石を掘り起こしていったかもしれないし、夜間、人目につかないように仕事を完遂したかもしれない。

いずれにせよ犯人たちの行動は、一目見ただけでは歩道の整備に見えてしまう。事件を周知させなければ、犯人を目の当たりにしても通報に繋がらない恐れがあった。

 

教会の関係者たちはSNSも駆使して情報提供を求め、事件を知った人々は神聖な場所を狙った犯行に対し、怒りと嫌悪を顕わにした。

 

犯罪者たち

イングランド北西部を荒らしまわった窃盗団は早々に見つかった。

2022年7月、3人の人物が家宅捜索を受けて逮捕。いずれもグレーター・マンチェスター在住の男で、比較的身近な場所を狙って犯行を繰り返していたことがわかった。

この3人には、計8つの教会を襲った疑いがかかっている。

 

ただし窃盗団の逮捕は、イギリスの遺産にとって気休めにしかならない。ヨークストーンが狙われやすい状況は依然として続いている。

 

そもそも石材の窃盗は、失業率の高さと長引く不況が原因の1つと推測されている。

犯罪を国の景気を反映した社会現象としてとらえるのは自然な事であり、もっともな見方だろう。

金属窃盗への対策として施行された金属スクラップ販売業者法のような、販売業者の免許登録制度などの制約が石材の取り扱いにも必要なのかもしれない。

 

 

あとがき

 

基本的に盗まれた石材を特定するのは困難です。教会などにあったヨークストーンが今どこにあるのか、推測することも難しいでしょう。

防犯意識が高い場所では「SmartWater」という特定のランプ照射で識別可能な液体を塗っていることもあるようです。

金属粒子で同じような識別効果を持たせる技術も宣伝されています。

要するに何の変哲もない石材の所有者を明確にするのが理想ということなんでしょうね。

 

ヨークストーン盗難の他の原因として、「敷石を守る」という発想が浸透していないのではないか、との声も挙がっています。

価値の高い石とはいえ、敷石はあくまで敷石です。宝石とは違い、盗まれることを想定しておけというのもなかなか難しいですよね。

 

参考文献

ヨークストーンに詳しいもの
https://greenfields-729.com/archive/old/talk/stone/014.htm
https://en.wikipedia.org/wiki/Yorkstone
https://www.milesstone.co.uk/blogs/news/a-guide-to-york-stone

盗難事件に詳しいもの
https://leedscivictrust.org.uk/york-stone-thefts-heritage-crime/
https://www.cheshire-live.co.uk/news/chester-cheshire-news/large-quantity-york-stone-stolen-15726397
https://www.dailymail.co.uk/news/article-8604083/Thieves-plunder-Yorkshires-heritage-lockdown-crooks-steal-stone-300-year-old-walls.html
https://aboutmanchester.co.uk/thousands-of-pounds-worth-of-historic-york-stone-stolen-from-hopwood-hall/
https://www.rochdaleonline.co.uk/news-features/2/news-headlines/138935/historic-york-stone-stolen-from-st-mary-in-the-baum-church
https://www.lancs.live/news/lancashire-news/ancient-stones-worth-thousands-stolen-22870821
https://hansard.parliament.uk/commons/2015-06-22/debates/1506231000001/StoneTheft

窃盗団に詳しいもの
https://www.bbc.com/news/uk-england-manchester-61039990
https://www.bbc.com/news/uk-england-manchester-62319516
https://www.manchestereveningnews.co.uk/news/greater-manchester-news/three-charged-following-investigation-york-24615848
https://www.liverpoolecho.co.uk/news/liverpool-news/police-raid-homes-after-historic-24607157

 

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